大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所岡山支部 昭和54年(う)145号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

〈前略〉

本件集団示威行進において、プロ青同旗持ち隊は、本件現場に至る間、単独にも、またデモ本隊に合わせてもジグザグの蛇行進をすることなく、時に隊列の右端に位置する者が道路中央線から三〇センチメートルないし五〇センチメートル位はみ出して行進することがあり、一回、原石材店前付近で反対車線内に大きくはみ出し、軽自動車が通行できる程度に拡がつて短時間のフランスデモをしたが、いずれも現実に交通阻害を生じたと認められる状況はなく、原判示のごとき数回にわたるデモ本隊のジグザグの蛇行進について共謀し加担した事実は証拠上も認め得ないのであつて、右プロ青同てい団の示威行進について、機動隊指揮官宇野警部が、デモ本隊の指揮者に対し前示の検挙の必要を認めながら、旗持ち隊に対しては、集団示威行進の許可条件違反などで検挙の必要を認めた形跡が最後までないのも、右旗持ち隊の行進状況が、ほぼ平穏裡に円滑に進行していたことを証するものとみてよい。

そうすると、右旗持ち隊において、警察官職務執行法五条、警察法二条を根拠に、機動隊による本件のごとき規制を受けなければならないような事由があつたとは到底認めることができないのであつて、この点の原判決の説示するところはもとより正当である。

しかし、本件では、原判決も説示するとおり、デモ本隊の指揮者二名に対する本件集団示威行進の許可条件違反を理由とした道路交通法違反の現行犯逮捕が許される場合であるから、同逮捕に際し、犯人以外の者に対して、いかなる程度の有形力の行使が可能であるかの問題があるので、この点について検討する。前示機動隊によつてプロ青同の旗持ち隊に対し実施された逆L字形分離規制の実態は、原判決が説示したとおり、反対側方に「まな板」として機動隊一個中隊を並列させ、形に隊列を組んだ機動隊(内藤小隊)員が、旗持ち隊の他の側方から同隊を圧縮ししつつ、その後方から前方に押し出して、その全員をその意思に反し、同時に場所的移動を強制する内容のものであつて、当然に、旗持ち隊の隊形を乱すことが予想されるものであり、しかも、本件の分離規制の目的が、デモ本隊の指揮者二名の迅速な検挙という事情からしても、右の分離規制が、勢い、旗持ち隊に対する急速かつ強力な前方への押し出し行為となつたであろうことは、前示竹腰撮影写真青番号35、36に現われた分離規制の状況、特に、一分間に満たない極く短時間内での前方への場所的移動が顕著であることによつても窺うことができる。しかも、前示のとおり、本件の表現の自由として重要な集団示威行進が、その終了まであと僅か三〇〇メートル足らずの本件現場までの区間、旗持ち隊には、格別な違法行為もなく、むしろ平穏かつ一応整然となされてきており、その間、同じプロ青同の一団たるデモ本隊が再三のジグザグの蛇行進をしても、これに共謀加担しなかつたことはもとより、右デモが最も激しかつたとされる高務畳店前付近での蛇行進でさえ、これに同調するような行動を示すことも全くなく、別個の指揮者による行進を維持してきたことを考えると、右検挙に際し、旗持ち隊からの危害の大なる虞れがあつたとも認められず、実際においても、前掲竹腰撮影写真35、36を見るかぎり、右旗持ち隊が、機動隊の圧縮規制を受けながら、原審宇野証人がいうように、旗持ち隊の三分の一の者が旗竿で機動隊員に殴りあるいは突き掛つたり、更には、右検挙活動を妨害したがごとき事実を認め得ないのであつて、本件の逮捕すべき現行犯人がそう悪質な内容とも思われない道交法違反者に過ぎないことを併せ考えると、右旗持ち隊に対して、前示のごとき規模、態様による本件分離規制を必要とすべき、或は許容できる格別の事情があつたとは認められない。もし、右現行犯人逮捕に際して、旗持ち隊との間に無用の混乱が、更には、客観的に多少の旗持ち隊による妨害行為も予想されるならば、旗持ち隊とデモ本隊との間に警官隊の人垣を、その必要に応じ二重、三重に作り、右両者をしや断すれば十分というべきで、その際、旗持ち隊に対し身体的接触などで或る程度の有形力が加わるとしてもやむを得ないものとして許容されるのであつて、この程度の措置が、原判示のごとく、ヘルメットや大楯、出動服などで十分装備された多数の機動隊員が投入されていた当時の警備態勢にかんがみ、また、警察責任の原則、同比例の原則に照らして、本件旗持ち隊に対して許容される「必要最少限度」の有形力の行使として相当の適法行為であつたというべきである。そうしてみると、前示のごとき旗持ち隊に対する分離規制の措置は、それが重大なものであつたか否かは別にして、違法なものというべきで、これが警備指揮者の命令により組織的に遂行されたものであり、これに従事した個々の警察官の個別的意図の如何にかかわらず、全体として違法性を帯びることは原判示のとおりであつて、被告人江川に対して原判示の富田巡査がなした職務行為も違法なものというべきであるから、同被告人が、同判示(前示原審判断一、8前段)のごとく、富田巡査に肩、背中を素手で五、六歩前に押されて、ふり向きざまに旗竿の根元部分で、同巡査の防護衣の上から、みぞ落ち付近を一回、さして強力でもなく突いた行為は、前示のごとく平穏に行進していた旗持ち隊が、右違法な分離規制を受け、何の理由か判らないまま矢庭に多数の機動隊によって後部から押しまくられ、一瞬にして行進を乱されたことに対し、自己及び旗持ち隊が正当な集団示威行進を継続する権利の防衛、及び自己の身体に対する同巡査の違法な有形力の行使からの防衛のため、突さになされた反撃行為であり、かつ、その程度は前示ほどのもので、これによつて、同巡査が、一歩足を後にさがつた位で、格別の苦痛を訴える様子でもないなど、正当防衛行為として相当なものであるから違法性を阻却されることが認められるのであつて、これと結論を同じくする原判決には、何ら判決に明らかに影響を及ぼすが如き事実誤認及び法令適用の誤りはない。〈以下、省略〉

(雑賀飛龍 萩尾孝至 山田真也)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例